台が鼻城跡
だいがはなじょうあと
地図(広域中域詳細
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 高梁市有漢地域局の南側の川を隔てた向かいの丘が、台が鼻城跡である。承久の乱で功績のあった秋庭三郎重信が、承久3年(1221)新補地頭として有漢郷を賜り、ここに城を築いた。秋庭重信は20年後に高梁に備中松山城を築いて移るが、台が鼻城は御仮台所となったといわれる。鎌倉時代から戦国時代に至るまで300年余り、秋庭氏や備中松山城と関わりの深い城であった。南側に堀切遺構があり、丘の上は広く現在20aの水田が開けており、南部が一段高くなっている。