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ジャパンレッドを創出した吹屋弁柄

ページID:0036091 印刷用ページを表示する 掲載日:2020年6月19日更新

 海外の人々による日本のイメージカラーは、圧倒的に「赤」といわれ、その赤は古来より生命の源、神聖なるものを象徴する色彩とされた。赤色が映える九谷焼・伊万里焼の陶磁器や輪島塗・山中塗の漆器等、我が国が誇る多くの伝統工芸品に用いられたのは、備中吹屋産の赤色顔料「弁柄」であった。これら優れた工芸品は、遠く欧米の地でも高く評価され、日本的色調の赤である「ジャパンレッド」として認識された。

ベンガラ館

 

 

 

 

 


<整備された旧弁柄工場(ベンガラ館)>


 弁柄は、銅山から銅鉱石とともに産出された硫化鉄鉱石を原料とする。硫化鉄鉱石から取り出した緑礬(ろうは)(硫酸鉄の結晶)を釜で焼成し、水槽に入れて不純物を取り除き、細かく粉成、脱酸し、天日乾燥を経て赤い粉末状の弁柄となる。吹屋では、江戸時代中期から弁柄の製造に着手、陶磁器・漆器等の顔料や建築・船舶の防腐塗料として重用され、全国市場を独占した。明治10年(1877)に開催された「第1回内国勧業博覧会」では、「吹屋弁柄」は一等褒(ほう)状(じょう)を授与され、その良質さと名声は全国に広まった。特に、陶磁器の赤絵や漆器の朱漆には、「吹屋弁柄」は欠くことのできないものとされ、まさに吹屋は「ジャパンレッド」発祥の地といえる。

九谷焼

 

 

 

 

 

 


<九谷焼浄水鉢>